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【バカとつき合うな】欲望する力を失っているバカ

バカとつき合うな バカとつき合うな

先日、ホリエモンとキンコン西野の共著「バカとつき合うな」という本を読んでみました。本当の自由を求めて、一般的に当たり前のことで疑いようのない常識だと思われていることを「バカ」という言葉を使って「これ間違違っているんじゃない?」と問い掛けをしている本です。「バカ」という言葉を使っていることもあり賛否両論あるかと思いますが、本の中で気になったところを取り上げてみます。

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1.欲望する力を失っているバカ

少し長くなりますが「欲望する力を失っているバカ」という章の一部を抜粋します。

 
<抜粋>
 ぼくの考えでは、子どもは全員自由だし、なにかをやりたい!という欲望を持っています。制止さえしなければ、やりたいと思い立ったらすぐに行動する。
 それが、小学生に入った途端に、毎日同じ教室の同じ席にずっと座り、黙っていることを強いられるようになる。これはひとことで言うと、「行動するな」ということです。座学というスタイルの中に、「行動するな」というメッセージが含まれてしまっているんです。
 そして、なんのためなのか、なんの役に立つのかわからない内容をずっと聞かされる。このことに疑問を持たず、受け入れられる小利口な子どもが評価されていく。疑わずに耐えられることが良いことだ、と刷り込まれていく。既存の学校教育の中では、「行動せず黙っていられる子」が偉くなっていく。
 そんな環境の中にいるうちに、「やりたいことを我慢する」ではなく、「やりたいことがない」に変わっていく。「欲望する能力」を失っていく。もともとは全員が持っているものなのに。いわば、去勢されていくんですね。
 

ホリエモンは「今を精一杯楽しむ」には「欲望する力」すなわち、やりたいこと見つける力が必要だ、と言っているのだと思います。例えば、子どもは人がやっていることに興味を持ち、やりたいと思ったらすぐに同じことをしようとします。やりすぎてしまう傾向はありますが、やりたいと思うことをすぐにやろうとする力(ホリエモンが言う「欲望する能力」)を強く持っています。
 
大人になってからも、興味を持ち、強くやりたいと思ったことをやっている時、その人は輝いています。人のため子どものために生きることも大事なことですが、自分のために生きる時間を持つことも大事です。そうしていないと、ふとした拍子に「私は何のために生きているんだろう」と考えてしまい、自分を見失ってしまうかもしれません。人生を投げ売って全力でやりたいことをやる、とまでは行かなくても、少しでも自分のための時間を持ち「自分がやりたいこと」を見つけることができれば、自分を見失わないでいられると思います。
 

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2.「行動せず黙っていられる子」が偉い?

学校教育の良い部分もたくさんありますが、子どもたちに行動せず我慢することを押しつけ「欲望する力」を失わせていく部分は、宜しくないと思います。算数や国語など、みんな同じことを万遍なく勉強するより、興味のあることを伸ばす方が吸収も早いし、その力は将来のために役立つと思います。しかし、学校の先生たちに、それぞれの思いを持った子どもたちに合わせて、十人十色の興味のあることを伸ばせるだけの幅広い知識を身に付けさせるのは非常に難しいです。
 
「学校教育だけで勉強は充分だ」「学校教育を受ければ一人前の人間になれる」という考え方が間違っているのかもしれません。学校教育だって限度はあります。私たちが生まれる前から当たり前のように存在した学校教育。学校教育はどういうことをしてくれて、自分にとってどの部分が足りないから補わなきゃいけないとか、あまり考えたことはありませんでした。私自身もこのブログを書くまで思考停止していました。学校の宿題だけやれば勉強は終わりだと思いがちですが、それだけでは子どものやりたいことに必要な知識を身に付けることはできません。学校の勉強だけでなく、子どもが感じたことや興味を持ったことを伸ばしてあげる、できれば自分で疑問を持ち自分で解決するようにしてあげる、ことも必要な勉強だと思います。

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